なぜニートでいたか

なんも進捗がないので、なんでもないことを書こうと思います。
年末やし、これで今年の厄落としができたと思うことにします。
なので、読まなくてもいいです。
長文にもなることやし。

勝手に書きます。
ただの私怨やと思われてもしょうがないです。
でも書きます。

私は2009年の9月末から働いてません。
ニート状態です。
説明がめんどいからニートと言うてますが、
ごくたまに友人の手伝いをしています。
アルバイトということにしています。
友人ですが、プロの手伝いなのできちんとやっています。
でもそれはたまーにです。

その2009年9月でやめた仕事は
試用期間3ヶ月で終わりって言われました。


その前は商社で数年仕事してました。


商社っていうても専門商社なので、人に言うても知らないと言われる会社です。
そこではめっちゃ働きました。
毎月月末は帰れずごはんも食べられずほぼ誰もいない会社で
ひたすら仕事って状態でした。
終電を逃してタクシーで帰宅したことも何度もありました。

でも下っ端ながら発言するときはするし、できる雰囲気やったし、
繁忙期じゃなければ仕事のコントロールはできたし
連休には旅行に行ったり週末ごとに友達と飲んだり
とにかく充実してました。

だけどある日、営業関連部署の部長に呼び出され
今の部署から外すと言われました。
当時いた部署の仕事をかなり担当してたから
そんなこと言われるとも思ってなかったし
異動先の仕事にもはっきり言って全く向いていない。
(会社的には向いてない人間を置くのは人件費の無駄以外にないので、制裁ってことやと思った)

異動の表面的な理由は、営業の部署の女子に結婚が相次ぐこと。
結婚したらいつおめでたになるかわからないこと。
そんな納得できない理由。
(後で知人に指摘されたけど、「おめでたになるかも」とかいうのはセクハラと変わらないし
そんな理由は理由としては考えられへんと言われた)

当時の部署を離れることに抵抗したけれども誰も味方になってくれず
直属の上司(といってもひとつ年上)も完全に知らんぷりで守ってもらえず
営業のアシスタントの一番下っ端、研修生扱いになりました。
その年入社した新卒の女性の下の立場です。
今思うとなんで研修生なのかわからん。勤続数年やのに。

営業部長(とします)はヤクザのような言動が多く
営業をしていた時もはっきりいって明朗会計なやり方をしていなかったので
反感を持っている人は多かったのに、誰も逆らえませんでした。
(この部長がおかしいと堂々と言った人が、嫌なやり方で辞めさせられていたことも後で知った)

今まで最新のパソコン使ってめちゃくちゃたくさんの仕事をしていたのに
次の日から自分のパソコンどころか席もないのです。
研修中ということで営業の課を延々まわりました。
2週間で異動したり1ヶ月2ヶ月後に異動したり、来週のこともわからない状態。
朝は始業時間より早く出勤し、お茶を沸かし、営業の部屋を掃除してまわるのです。
給料も、がくっと減りました。

それまで仲良く接してくれて、たまに飲みに行っていた社員も
戸惑いながらも研修生が来たときのような微妙な感じで、
地元が近いこともあっていつも声をかけてくれて優しくしてくれた営業*課の部長も
なるべく接しないように避けてくるので、完全に孤立してました。

唯一、経理部の仲良かった女子だけが表立って味方をしてくれてました。
(彼女は経理部長の一番のお気に入りで、守られているから営業部長に何か言われる心配は全くないと本人が言っていた)

そんな毎日はとてもつらくて、原因不明の動悸がし始め、胸を押さえて呼吸を整え
コントロールできず目から涙がボロボロ出てくるようなときもあったけれども
病んでたまるもんかとギリギリ耐えました。
やめてだいぶ経っていたタバコも再開しました。
(何言われるかわからんし社内では全く吸ってないけど)
そのうち死にたいとまで思うようになった。
でも、友達が支えになってくれた。
今思うと本当にギリギリやったと思う。

そして半年耐えたとき、営業部長から
君に反省の色が見られない(何の反省?)、みんなが君と仕事をしたくないと言っている、
辞めろと圧力がかかりました。

ついに社長にも呼び出され、わけのわからない理由を連ねられ
「君は三十※歳なのに、いい年をして頭がおかしいんじゃないのか」とまで言われ
辞めるかどうか決めろと言われました。

この社長は、派遣社員の経験があった私に、「置屋みたいなものか」と平気で言った人なので
「頭おかしい」と言うくらい普通の範囲なのかもしれません。
新卒向け就職サイトや会社サイトでは「人を大事にする企業」って自ら言うてますけどね。


後から知ったけども「みんなが君を仕事をしたくないと言っている」は嘘でした。
仲良かった経理部女子が怒りのあまり、私が研修生としてまわった部署の人達に聞いて回ったらしい。
誰もが「そんなこと言ってない!」と激怒したそうです。
結局、営業部長が好きに動かすことができない「かわいくない社員」を追い詰めて辞めさせただけの話です。
私といえば疑心暗鬼で在職中に真実を確かめることさえできませんでした。

そして、2009年2月で退職となりました。
生活できませんとかなんとか言うて会社都合にしてもらいました。雇用保険がすぐ出るように。
大体からなんで自己都合にせなあかんねんって思うけれども。


辞めるまでの半年、裏では就職活動しまくってました。
帰宅後求人情報見て応募して履歴書書いて、就業後面接にも行くのは本当に大変やったけども、できれば在職中に決めたかったのです。
うまくはいかなかったけれども、面接に呼ばれる確立はまあまあでした。

無職になってからも就職活動は続け、商社時代に少し貯蓄もできていたので
合間に飲んだり旅行したり、充実していました。
辞めさせられたけど、味方もごく少数な中で最後までなんとか精神も耐えられたことが自信にもなっていたのです。

そして積極的に動いた結果、あるメーカーに仕事が決まりました。
商社と同業種やったので、持ってるアイディアもかなりあったのです。
もうがむしゃらに働きました。

営業部配属で残業手当なんかなかったけど毎日遅くまでがんばりました。
その間も2回倒れたり(会社には内緒)ごはんが食べられなくなって激ヤセしたりしたけど
持ってるアイディアもネタも出しきって働いた。
でも社長になぜか気に入られなかった。
もうね、思うけど、どんだけがんばっても、社長に気に入られへんかったら意味ない。

電車の中でいきなり倒れるくらいまで仕事しても、休みも仕事に費やしてても、
社長のお気に入りには叶わないのですよ。
営業として目標達成率15%でもなんでも、お気に入りならいいんです。
私は試用期間3ヶ月で切られました。

あたためていたアイディアも全部出し惜しみせずやってきたので
なーんにもなくなりました。
商社退職後にお世話になった、ハロワ系列の就職支援センターの担当の人に電話したら
1回おいでって言われたので一度伺ったんやけど、
そんな切られ方なんやったら自分が作った営業ツールや販促物のデータ全部消してくればよかったんやと言われました。
そうしてもよかったと今はちょっと思ったりします。

そのメーカーにいた時は電車で倒れたり(めっちゃ恥ずかしい)
食べられず激ヤセしたり、ひどい貧血やったりしたので
食生活が戻るまでしばらく時間がかかりました。
そしてまた、なんもできなくなりました。

しばらくは遊んでましたよ。
遊んで落ち着いて、まわりから、そんなにずっとなんも仕事せんと暇にならん?って言われるようになっても、
なぜか、どうしても、仕事を探す方に動けなかった。

最近、3ヶ月の試用期間で終わりになった、そのメーカーでメモを取っていたノートを2年ぶりに開けたのです。

ノートには、とにかく書き込んでありました。
先輩と営業に行って(私はついていくだけやけど)気づいたこととか思いついたこととか
アイディアを絵に描いたり他社を参考にしたネタとか、とにかく前向きにメモしてあった。

そして、ミーティングで社長にひどく言われたことまでも全部メモしてあった。

その発言を読んでたらものすごく気持ち悪くなった。


私は、つらかったみたいです。

だからまた就職して傷つくのが怖かった。

商社をあんな形で辞めざるを得なかったこと、

メーカーでがむしゃらにがんばったけど切られたこと。

もうこれ以上がんばることができないのです。


任せてもらえたら、よーし!ってがんばれる単純なところもあるけれども
それまでに信じて裏切られるのも怖いんです。


先日、そのノートを開いて
読んでたら胸に重いものがどーんと圧し掛かってきて
一気に生きていく気力がなくなった。

このノートは、いやな思い出そのものでもあるのでした。

このノートはもう開きません。

ほんまは捨てたいけど、まだネタがあるかもしれないので今も引き出しに入っています。



なぜ2年もニートでいたのかもわかりました。
傷ついていたのです。
ずっと傷ついて怖くて動けなかった。

貯金がほとんどなくなって、焦って
収入をなんとかせな、って思って就職活動を始めて
やっと気付きました。

まあ、そのメーカーの試用期間終わってすぐに
傷を癒そうとしてたとしても、
すぐまた就職活動ができていたとは思えない。

今やから、やっとできたのかもしれない。

普通の、退職とか無職とかに縁のない人からしたら
こんな時間かかってんのは、たぶん信じられへんと思うのです。

でも、普通に就職して長く勤めるとか、そういうのから外れてる人は
想像の範囲から外れてもしゃーないのです。

今もまだ傷が癒えたかどうかって言うたらわからん。
たぶん納得できてないと思うのです。

それでも、なぜ2年以上何もできなかったかわかったことだけでも
普通のレールから外れた人間からしたら、進歩なのです。

こんなにうらみつらみ?を書き綴る人間はまともじゃないかもしれないけど
今は気持ちも普通やし、病んだりしてないのです。



なんかもうどうやって締めたらいいのかわからんけども
ニートでいた理由をまとめられてよかったです。
原因がわかって受け入れたのなら先へ進めるはずなので。



これ、大元は11月の末に書いてたやつなのです。
書いて、なにこの自分語り…って思ったので公開せんかったのです。
でも、年末の今ふと読んでみたら、別に総括で出したらいいやんって思ったのです。

支えになってくれた人達みんなに恩返しがしたいし、
これを読んでくれはった人にもそう思います。
同志達(私が思ってるだけやけど)のいろんなことがうまくいくように願っています。


テーマ : ひとりごと
ジャンル : 就職・お仕事

Tag:その他  Trackback:0 comment:0 

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